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2015年10月24日

津波と大川小学校〜大震災から4年7ヵ月を経て〜

東日本大震災から、4年7カ月が過ぎました。
3月11日と、翌4月7日の大揺れの後、それほどでなくても余震が絶えなかったため、
我が家は、だんだん痛みがひどくなってきました。
これでは外観もちょっと、、、。
来客があっても、家の中に入ってもらうのはちょっと、、、、、、。
このままでは、ますます家が壊れていくだけ、、、、、。

と言うわけで、半壊だった我が家を、やっと修繕することにしました。

いろいろな業種の職人さんたちが出入りしていますが、
その中に、津波で70人余りの児童が犠牲になった、
大川小学校の近くに家があったという職人さんがいます。

今まで、テレビや新聞その他で、津波の恐ろしさや震災の悲惨さは、
数限りなく目にし、耳にもしてきました。
もちろん、私自身の体験も含めてです。

しかし、この職人さんの話だけは、
その口から洩れた一言目から、私は涙を浮かべてしまいました。

彼は、消防団に入っていたということです。
消防団員として、行方不明者の捜索をした時の話を、彼はしてくれました。

なんとむごたらしい、、、。 なんと可哀想な、、、。
彼の話を聞いた後で、私ができることは、ただ祈ることだけです。

津波にさらわれた命。
崖を掘り起こせば、そこには泥土に埋まっていた、顔を両腕で覆った幼い少女の姿。

「どんなに恐ろしかったことか、、、。」

掘り起こした彼の、四年余りを経た今の言葉です。


「先生たちはどうしてすぐに。山の方に逃げさせなかったのでしょうかね、、?」


いつも思っていたことを、私は彼に言いました。

彼は言いました。

「あそこまで津波が来るとは、誰も思わなかったと思いますよ、、、。」


大川小学校から海辺までは、車で10分ほども離れているそうです。


当事者でなければ、どんなことでも言える。

しかし、当地に住み、当地で消防団活動を続け、犠牲になった子どもたちを
その手で掘り起こした人の言葉は、メディアの言葉よりも何よりも強く私の中に響きました。


posted by 海の子 at 21:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 東日本大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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